こんんばんは。年齢で人を見てはいけない。人を年齢で扱いなさい。なんのこっちゃ。ですね。
何歳かって今はそこまで重要視されない。韓国だと自分より年上に対しての対応(言葉づかいなど)が厳しく決まっていると聞いていますが。どんどん長生き人口が増えてきてますもんね。私ももう折り返しに近づいているようなもんです。そう。もっと楽しまなきゃ。
年齢っていうくくりは全く無くて。同じ70歳でもどのくらい健康なのか。動きに不自由を感じるところは無いかとか。結局その人の今までの生き方の蓄積であったり。(健康状態はとくに)年を取ることがいいことに見えるか見えないかも、身近にいる人の暮らしぶりで決まるんじゃないかなと思います。
年齢ではくくらないけど、そのいたわり加減というのは厳密には同じように存在してよいものだと思っています。年寄り扱いということでは無く、昔のようにはいかないところもあるのだろうから。
今日は、Aの大学の有志、先生方で結成されたビッグバンドのジャズを聴きに、大学のホールまで。若さ(情熱)と、熟練(生き様)の共存。すごく贅沢なビッグバンドだと思います。最初から最後まで終始明るい。音楽をやる楽しさに満ちているなっていうのがよく見えました。そう、やはり先輩方が楽しそうにやっているからこそ、後輩たちが安心して楽しめるんだぞ。ってありますよね。
ホールで見られるビッグバンドの良さは、何と言っても理解しやすい。聴きやすいというところにあるんじゃないでしょうか。反転、残念なのは気持ちすごくノリノリであっても立ち上がって体全体でのるなんてことができない。あ、これはお国柄の話かも。のりたいような曲ってでもありますよね。私ラテンジャズが好きでして。今日も2曲ほど。ラテンチックなバージョンで熱帯ジャズ楽団Ver.と言っていましたか。チックコリア”スペイン”、リチャードロジャーズ”マイフェイバリットスィングス”。どちらもノリノリじゃないですか。踊れる曲。いや、自分踊れやしませんが。
金管の音ってやっぱり華やかになりますよね。あるだけでクリスマスっぽいっというか。ライトアップされているような華やかさ。先生方の演奏はやはり安定している音で見事だなと。先生ですから、当たり前かもしれませんが。あと、同じ楽器でも毎度毎度不思議を感じるのが人によって個性を強烈に感じられるところ。こうも音色が違うのが不思議。今さら何をなんですが、声だったら人によって絶対違うのがわかる。でも同じ楽器でこうも?ってなるんですよ。味なんですね。
こういう発表?を聴くとああ、やっぱりこういうのはホントに必要って思います。芸術を絶やしてはならない意味。灯だよなと。どんな暮らしをしていようが灯を消すことはしたくないな。と。心に常にともしておける、いつでも暖かいものとして。
Aの練習なんて久しく見ることがないのですが、彼も含め、仲間の子たちはきっと無我夢中でうまくやってやろうと練習してきているわけで。練習に対して、突き詰めていく大事ももちろんあるんだけど。今はきっと無我夢中でどんどんやってほしいなと。親的?大人的にはそう思ってしまうわけです。
若くなければガムシャラはできない。知ってくると計算になるし、経験して得られることはどんどん減ってしまう気がするから。
ひたむきにやる。っていう言葉はやはり若さに対するんだなと。
今日も見ていただきありがとうございます。
他のこともたまには書きたいなと。韓国系の番組。今日色々放映されていたみたいですね。ゆっくり映像を漁ったり。な日々は続きそうです。ホント体は一つなので。対応が難しい。
明日もよい一日を。
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